理解しあう事
2012年1月5日
輩であると輩は、ことごとくをば理解しあう事は、困難極まるし
「出来ぬ」とても過云しからばぬであると思りているでござる。
家出少女な存念が拙者は
「理解しあわござらぬたりて思ゐあゑてゐらば其れにて良き」
と云ふ色恋観をば持りていたであろう。
そが頃が彼氏は、「理解したいでござる」であると思うておる輩でござった。
彼も武士でござるがにて、ことごとくをば理解にてきるであるとは、思りてゐませぬであった、
「逆援助は、必定」であるとも申していたであろう。
最初は、彼が云ゐ者に矛盾をば感じ
「理解できぬりて分りてて必定?」であると聞き返したでござるこであると、あり申した。
「ことごとくをば分やり合ゑぬなれど、理解せむと云ふこころもちをば持つこであるとは、大切なんでないの?」
さふゐわれたでござるであるとき、己、いささか面目ないくなり申した。
彼が申すであるとおりでござるよのう。
ことごとくをば理解しあゑないゆえ・・・であるとそがまま放置状態がそれがし。
しからばお二方が色恋仲柄は、達者くはせ参じませぬであろう。
理解できぬ部分、あったでござるであるとしても、互ゐに「歩み寄りて参上する」
と云ふ行為、愛情をば育むんであると気、付参った。
「如何にしても無理」
であると眼をばそらしてござった己をば恥じ、其れよりは、彼であるとが理解をば深めてゐかくであると思いたであろう。
そが中にて、私闘になり申してしまうこであるともあり申した、、
「しかと向き合りてゐる」と云ふ感覚は、あり申したし
私闘をばするでござる中にて察す部分も出てきて
結果であるとしては、良やったであると感じているでござる。
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